Chapter 1 研究計画を立てる
本章では、データ分析に着手し、論文をまとめるための大前提となる研究計画の立て方を説明する。
1.1 研究計画とは
データ分析を始める前には、まずどのような研究をしようとするのか、という計画を考える必要がある。何も考えずにただデータを分析し始めても、よい論文を書くのは難しい。実際にデータを開いて分析を始める前に十分に計画を練っておくことで、有意義な論文を書くことにつながる。そこで、個人/グループごとに研究計画書を作成する。分量としてはだいたい3–5ページくらい(参考文献リスト含む)を目安とする。ここで書いた研究計画書を最初のたたき台として、データ分析を行い、期末レポートを執筆する。
研究計画に書いた内容は、たんに計画を立てるというだけでなく、これを土台にして(膨らませて)論文にしていくものでもある。研究計画は次のような役割を果たす:
- 何を明らかにするのか(問い)を明確にする:問いは、何をどのように分析するのかについての指針を与えてくれる。問いが明確であるほど、やるべきことはクリアになる。逆に、問いがあいまいだと、分析の方向性もあいまいになり、何をすればいいのかがわからなくなってしまう。
- 先行研究で解かれていない謎を明確にする:もちろん、はじめに持った自分の「問題意識」は重要である(それがなければ研究は始まらない!)。ただし、その問題意識はたいていぼんやりとしているし、またぼんやりとした問題意識から導かれた問いは、すでに他の研究によって明らかになっていることかもしれない。ぼんやりとした問題意識を明確にするためには、先行研究を整理し、どのようなことがわかっているのか、あるいはどのようなことがわかっていないのか、あるいは先行研究で解決されていない点や矛盾している点を見つける必要がある。その部分こそが、研究を通じて貢献できる問いにつながる部分になる。
- 問いがなぜ重要なのかを明確にする:先行研究で解かれていないことやまだ明らかになっていないことがあるのは、もしかするとそれらがあまり重要ではないからかもしれない。問いがなぜ重要なのか、何が問うに値する重要な問いなのか、この問いを明らかにすることにどのような意義があるのか。こうした点をあらかじめきちんと考えることで、あまり重要ではない問いに時間を浪費せずにすむだろう。
よく練られた研究計画であればあるほど、論文を書くときの苦労は少なくなり、よい論文につながる可能性は高くなる。たとえば自分で調査をしたり実験をしたりしてデータを集めるときに、研究計画が重要であることは言うまでもない。しかしながら、たとえこの授業のように自分でデータを集めない(他の人が実施した調査データを分析する)のだとしても、上記の効用はとても大きく、研究計画の作成には時間をかける価値がある。
1.2 研究計画の構成
研究計画は、以下の4つの要素からなる。
1.2.1 研究背景
研究背景は、研究で扱いたい問題が重要な問題であり、この問題についてどのようなことがわかっていないのかを提示することで、問いへとつなげる部分である。文章にする場合には、次の2–4段落からなる。
1.2.1.1 問題背景(1段落程度)
研究で扱いたい問題が社会問題としてand/or社会学的に重要であることを述べる。
- 社会問題として重要、というのは、平等、人権、健康、持続可能性などなど、人間社会において重要とされている価値に照らして、その重要性を主張するものである。一見個人的な問題であっても社会問題と関わりをもつことは多いので1、必ずしも世の中で「社会問題」だと言われている必要はない。どのようなトピックであっても、それがなぜ社会問題として重要であるのかを考える必要がある。また、その問題の重要性や規模感を示す根拠として公的統計の値などを提示することもある。
- 社会学的に重要、というのは、社会学で伝統的に扱われてきた問題に照らして、その重要性を主張するものである。不平等に関係する社会学の伝統的な問題としては、世代間社会移動、教育機会の不平等、労働市場におけるジェンダー不平等、家族形成のパターン、夫婦間の無償労働の分担(権力関係)などが挙げられる。伝統的に扱われてきた問題はそれだけその重要性が認められており、したがって扱うトピックが重要であることを示す根拠にもなる。
もちろん、「自分が関心を持った」というのは最初のモチベーションとして大事だが、「自分が関心をもった」というだけでは、他の人にとっては説得的ではない。他の人にも関心をもってもらえるように、その重要性を述べることが大事である。
1.2.1.2 先行研究の整理(1–3段落程度)
先に述べた問題に関連して、先行研究がこれまでに何を明らかにし、何を明らかにしていないのか、あるいは先行研究に存在する限界点を提示する。ここでは、調べた先行研究を1つひとつ羅列するわけではなく、それらをまとめた全体像を示す必要がある。
先行研究の整理は、たんに調べた内容を示すわけではなく、先行研究の整理を通じて、(重要であるにもかかわらず)明らかになっていないこと・課題が何かを示すことこそが本丸となる。この箇所こそが、自分たちの研究で解く「問い」になる。先行研究が適切に整理されていなければ、自分たちの研究がオリジナリティのあるものなのか、またそのオリジナリティが何であるのかもわからない。研究のオリジナリティを示すためには、十分に先行研究を読み込んで、整理しなければならない。
先行研究と比べたオリジナリティの出し方には色々ある。最も典型的なものは、先行研究がそもそも分析していない問いがある、というものである。もちろんこの場合も、その問いがなぜ重要なのかを説明する必要があることは言うまでもない。
それ以外にも様々なパターンがある。一例を挙げると:
- 先行研究はある社会(たとえば、アメリカ)について扱っているが、別の社会(たとえば、日本)でも同じような結果が得られるとは限らない。このような場合には、別の社会では、ある社会と同様の関係が成り立つとは限らないのではないか、という根拠を説明する必要がある(どの社会でも同様に成り立つと考えるのならば、わざわざ別の社会で検証する意義はあまりない)。
- 同じ社会を扱っていたとしても、先行研究の結果は、別の集団(異なる階層、異なる性別、異なる年齢層)には当てはまらないかもしれない、もしくは、集団によって結果が異なるかもしれない。このような場合には、なぜ集団によって結果が異なる可能性があると考えられるのか、その根拠を説明する必要がある(どんな集団でも同様に成り立つと考えるのならば、わざわざ集団間の違いを検証する意義はあまりない)。
- 同じ社会を扱っていたとしても、先行研究が扱っている時代(データ)が古い場合には、その結果は現代においては当てはまらないかもしれない。このような場合には、なぜ過去と現代では違った結果になる可能性があると考えられるのか、その根拠が必要となる(いつの時代も成り立つと考えるのならば、わざわざ改めて検証する意義はあまりない)。
ちなみに、先行研究が乏しいからといって、必ずしもそのテーマが「悪い」テーマであるということではない。重要であるにもかかわらず、これまで注目されてこなかったり、利用可能なデータが限られていたりするために十分に扱われていないテーマは少なくない。しかし、あまり扱う意義がない(社会問題として and/or 社会学的に重要性が低い)から先行研究が少ないという場合なら、そのテーマを選ぶのはあまり良い選択ではないだろう。両者の違いがよくわからないという場合は、教員に相談するとよい。
なお、先行研究といっても、特定の課題について論じているものはなんでもかんでも先行研究になるのかというと、そうではない。この点については「先行研究を探す」の節でさらにくわしく説明する。
1.2.2 研究目的・問い
研究目的・問いは、自分たちの研究の目的(明らかにしたいこと)・問いを提示する部分である。文章にする場合には、次の1–3段落程度からなる。
1.2.2.1 研究目的・問い(1–2段落程度)
研究目的(問い)を提示する。ここでの研究目的(問い)は、「xxxを明らかにする」「どの程度yyyなのか?」など、何をやるのかが明確な問いを提示する。社会調査データを使った分析で取り組まれる問いには、大きく分けて2種類の問いがある。
- 記述的問い:実態を明らかにすることを目的とする問い。すでに明らかになっている実態をさらに掘り下げてみていくことも含まれる。
- 説明的問い:実態が明らかになっていることを(ある程度)前提として、それがなぜ生じるのかを明らかにすることを目的とする問い。
問いを立てるときには、先行研究をよく読んで、問いを「絞る」ことが大切になる。たとえば、「なぜジェンダー格差があるのか?」というのは、問いの形ではあるけれども、それだけではあまりに大きすぎ、かつ漠然としているため、到底1つの論文で答えることはできないし、分析の焦点もぼやけてしまう。そこで、答えることができる問いへと焦点を絞っていくことが大事になる。
問いを絞るときには、次のような要素を考えるとよい。
- 誰を対象とするのか?:国、時代、年齢、就業状態、など
- どのような集団どうしを比較するのか?:男性と女性、ひとり親世帯出身者とふたり親世帯出身者、大卒者と非大卒者、既婚者と未婚者、時代、など
- 何の変数を比較するのか?:教育達成、賃金、幸福度、友人の有無、など
また、問いを立てるときには、実際にデータによって検証可能な問いにする必要がある。社会問題として and/or 社会学的に重要な問いはいくらでもあるが、問いに答えるのに十分な情報を収集したデータがなければ、検証することはできない。そのような場合には、類似する検証可能な問いに変換したり、別の問いを探したりする必要がある。完璧なデータというのは存在しない以上、問いをずらして検証可能なようにするというのはよく行われることである。
たいていの場合、問いは「大きすぎる」ことが多い。問いを絞れているというのはつまり、それだけ先行研究をチェックして、何がわかっていないのかを特定できているということであるから、問いは小さくても構わないどころか、むしろ小さい方がよいといえる(ただし、あまりに小さすぎて意義がほとんどないというのはよくない)。どんなに小さくても、明確な問いを立ててそれを検証することができれば、それによってこれまでわかっていなかったことを明らかにするという貢献につながる。
1.2.3 方法
1.2.3.1 データ
何の調査データを使用するのかを書く。またその調査データがどのような人を対象としており、いつ、どのような方法で調査が実施されたのか、どのような質問項目を聴取しているのかについて書く。
1.2.3.2 分析対象
実際に分析する対象(母集団)について書く。たいていの社会調査データは広い母集団を対象としているので、そこから分析対象を絞ることが多い。何歳から何歳までか。男性も女性も含むか、どちらかだけか。働いている人か、働いていない人も含むか、結婚している人か、など。
データや分析対象が先に設定した問いときちんと対応しているかをよく確認する。たとえば、「親の労働時間が長いと子どものメンタルヘルスは悪化するのではないか?」という問いを立てたとする。このような場合であれば、子どもを分析対象とする必要があり、大人(成人)を対象とした調査では答えることが難しい。また、子どもを対象とした調査だとしても、親の労働時間を尋ねていない調査であったとしたら、やはりこの問いには答えることができない。
1.3 使用する調査データの選定
1.3.1 個票データとは何か
たとえば「学歴が高い人ほど平均年収が高い」といった仮説や、「学歴が高い人ほど子どもがいる割合が高い」といった仮説を検証したいとする。このような仮説を検証する場合には、一人ひとりについて(1)学歴、(2)年収、そして(3)子どもがいるかどうか、についての情報を得ることが必要である。このように、一人ひとりについてさまざまな情報を(アンケートなどによって)聴取し、その回答を集めたデータを個票データと呼ぶ。たとえば今回の場合は、以下の[A]のような回答を格納した個票データが得られたとしよう。
ID | 最終学歴 | 個人年収 | 子どもの有無 |
---|---|---|---|
1 | 大学 | 500 | 1(あり) |
2 | 中学 | 300 | 1(あり) |
3 | 高校 | 500 | 0(なし) |
︙ | ︙ | ︙ | ︙ |
99 | 大学 | 700 | 1(あり) |
100 | 高校 | 400 | 0(なし) |
たんに個票データをじっと眺めてみても、それだけでは傾向は見えてこない(おもしろいかもしれないが)。このような個票データから先に立てた問いに答えるためには、学歴ごとに、年収の平均値や、子どもがいる人の割合を計算する必要がある。このように計算を行って得られたのが、以下の[B]の集計データである。研究者はこのような個票データをもとにさまざまな集計を行って、属性間の傾向の違いを検討したりしており、実際に論文に示されたり、政府の白書などで示されたり、e-Statに掲載されたりしているのは、[B]のように加工されたあとの結果である。
最終学歴 | 個人年収の平均 | 子どもがいる割合 |
中学 | 319 | 0.8 |
高校 | 424 | 0.85 |
大学 | 566 | 0.91 |
自分の関心にもとづいて、先行研究ではまだわかっていない独自の仮説を検証したいとき、多くの場合は[A]の個票データを手に入れる必要がある。もちろん、このような個票データを取得することは簡単ではない。そのへんを歩いている人にアンケートを配ってみたり、SNSでGoogleFormに回答するよう呼びかけて集めたとしても、知りたい対象からランダムに選ばれたデータになるとは到底言えないし、回答する人も大変である。
そこで、過去の研究者や研究機関などが実施した質の高い調査を二次利用することで、新しく調査を行ったり、回答の負担をかけることなく、自分独自の問いに答え、社会の実態を明らかにすることができる。
1.3.2 JGSS
まずは、大阪商業大学JGSS研究センターが実施している、日本版総合的社会調査(Japan General Social Survey, JGSS)のデータを見てみよう。JGSSでは調査年ごとに非常に多様な質問項目が設けられているので、大抵の問題関心に沿った分析が可能である。
- まず、どのような調査がされているのかを確認してみよう。調査対象者は?調査の形式は?どのような調査票?調査の詳細は、こちらに記されている。
- 次に、関心に合う項目を探してみよう。項目はこちらから調べることができる。
- 関心に合う項目を見つけたら、その項目が何年の調査で尋ねられているか確認しよう。2022/6/3時点では2000–2018年のデータが使用できる。
- JGSSは20–89歳という幅広い年齢層を対象としているため、たとえば5000人の有効回答があったとしても、分析対象者を限定していくと、対象人数は少なくなり、分析が難しいことがある。このような場合には、複数時点の調査データを合併して分析する(もしくは後述のように別のデータを使う)という方法がある2。ただし、関心のある変数がどの時点にも含まれているかどうかをよく確認すること。
- 居住都道府県に関する情報は2006年まで、地域ブロック(北海道・東北、関東、中部、近畿、中国・四国、九州の6区分)に関する情報は2010年までのデータにしか含まれていないことに注意。詳しくはこちらを参照のこと。
1.3.3 JGSS以外の日本の社会調査
より具体的に関心が固まってくると、多くの場合はJGSSでは必ずしも自分たちの関心に十分に答えられないということが出てくる。こうしたときは、別のデータの使用を考えてみよう。東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センターが提供するデータアーカイブでは、研究用に個票データを貸し出している。
実際にデータを探してみよう。データを探すから、データ検索システムにアクセスする。「教育目的利用」の欄を「利用可」に設定する。そして、適当な単語などを入れて検索すると、条件に該当する調査データの一覧が表示される3。
非常にたくさんの調査データが利用可能だが、調査の質はさまざまなので注意したい。気になるデータがあれば、教員に聞くこと。個人的におすすめできる調査データ、および過去のゼミで使われた実績のある調査データの一例を挙げておく。
調査名 | 実施者 | 実施年 |
---|---|---|
社会階層と社会移動全国調査(SSM調査) | SSM調査管理委員会 | 1955年から10年ごと |
全国家族調査(NFRJ) | 日本家族社会学会 | 1998, 2001, 2003, 2008年、2018年(未公開) |
東大社研・若年壮年パネル調査(JLPS) | 東京大学社会科学研究所 | 2007年から毎年 |
全国就業実態パネル調査(JPSED) | リクルートワークス研究所 | 2016年から毎年 |
子どもの生活と学びに関する親子調査 | ベネッセ教育総合研究所 | 2015年から毎年 |
日本人の意識調査 | NHK放送文化研究所世論調査部 | 1973年から5年ごと |
親と子の生活意識に関する調査 | 内閣府子ども若者・子育て施策総合推進室 | 2011年 |
そのほか、上記のページから入手することはできないが利用可能でかつ定評のある調査データもある。いくつか上げておく。ただし、いずれもパネル調査データ4なので、分析にはそれなりのスキルが必要になる。
調査名 | 実施者 | 実施年 |
---|---|---|
消費生活に関するパネル調査(JPSC) | 慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センター | 1993年から毎年 |
日本家計パネル調査(JHPS/KHPS) | 同上 | 2004年から毎年 |
日本子どもパネル調査 | 同上 | 2010年から2014年まで毎年、以降2年に一度 |
1.3.4 日本以外の社会調査データ
もちろん、日本以外の国を対象とした調査データを分析してもよい。中国・韓国・台湾であれば、JGSS同様、大阪商業大学JGSS研究センターが実施しているEast Asian Social Survey(EASS)を使うことを考えてみるとよい。数年に一度、テーマを変えながら毎年実施されている。
その他の国であれば、たとえばICPSRやGESISといった国際的なデータアーカイブから調査データを探すことができる。ICPSRのデータであれば、学部生でも、学内のネットワークからアクセスできる。
また、OECDが実施しているPISA(Programme for International Student Assessment)やPIAAC(Programme for the International Assessment of Adult Competencies)といった国際比較調査も、誰でも利用可能なようにデータが公開されている。本資料でもPIAACの日本版データを例として使用している。
残念ながら、既存の調査で尋ねられていない項目や、既存の調査で尋ねられているものの、それと組み合わせるための項目が尋ねられていないような問いの場合は、研究することができない。たとえば、「性別適合手術を受けて身体の性別を男性から女性に変えた人は、手術前と比べて賃金が低下するのか?」という問い5を立てたとする。しかしながら、管見の限り日本でこの問いを検証可能なデータは存在しないため、この授業では検証することはできない。このように、データによって検証不可能な場合は、それと関連する別の問いへと問いを「ずらす」ことで、検証可能な問いを立てる必要がある。
1.4 先行研究を探す
先行研究とは、自分の扱うテーマについて扱った研究成果を指す。研究成果は、主として学術書や論文として出版されている。
研究計画を立てるうえでは、たくさんの先行研究を読み、先行研究で何が明らかになっていないのかを明確にすることが不可欠である。研究では、たんに疑問に対して答えを出すだけではなく、その疑問がまだ解かれていないものであることを説明し、そして、その疑問がなぜ重要なのか(明らかにするに値する問いなのか)を説明する必要がある。これらを説明するためには、これまでに何が分かっているのか・分かっていないのかを知ることが必要である。
先行研究を読んで問いを洗練させていけばいくほど、何をすべきかが明確になり、分析や論文執筆はスムーズに進むようになる。研究の質は、実は分析内容それ自体だけではなく、先行研究との違いを正確に見出しているかどうかに大きく左右される(研究者はしばしばこのことを問題をいかに位置づけるか = フレーミングするかが重要だ、という)。したがって、先行研究を探すことはとても重要である。もちろん、こうした作業はデータ分析を始めてからもさらに進めていくことになる。
とはいえ、ただたんにGoogleで検索にかけてても、良い論文にたどり着くことは難しい。たとえばGoogle Scholarを使って論文を探すというのは基礎演習などで教わったかもしれない。しかし、世の中には数え切れないくらいたくさんの論文や書籍があり、かつ、論文の質も玉石混交である。また、手当たり次第に羅列すればよいというものでもなく、研究の「流れ」を掴んで、貢献すべき先行研究群(literature)を設定することが必要となる。
そこで、文献を探し先行研究群を設定するにあたって、一般的な方針をいくつか紹介しておく。
1.4.1 論文
学術雑誌に掲載された論文のうち、専門家による査読を経たものを査読つき論文という。査読とは、論文が掲載される前に匿名の審査員によって審査し、修正を要求することを指す。査読を通っていることは、その論文が一定以上の質が担保されている確率が高いことを意味する。研究者が「先行研究」というときはまずこれを指すことが多く、最も重要である。まずは、査読付きの学術雑誌に掲載された論文を優先的に探して読むとよい。
他方で、学術雑誌に掲載された論文のうち、専門家による査読を経ていないものを査読なし論文と言う。学術雑誌で特集を組まれたりする場合には「特集論文」などと呼ばれたりもする。また、いろいろな大学では『◯◯大学法学部紀要』のようなかたちで、紀要論文というのを発行している。これも基本的には査読を経ていないものがほとんどである。
雑誌というからには紙面をイメージするが、現代では基本的にこうした論文にはインターネットを通じてアクセスする。
1.4.1.1 日本語の査読つき学術雑誌
日本語で書かれた、社会学に関連する査読付き論文を掲載している学術雑誌のうち、とくに教員の専門に近い分野(不平等、労働、家族、教育、等)の雑誌としては、たとえば以下のようなものがある6。
1.4.1.2 英文の学術雑誌
英語が読める(読もうという意欲がある)のであれば、英語論文も探せるととてもよい。競争率は高く、査読も厳しいため、日本語論文よりも内容的に優れたものに出会える可能性がはるかに高い。同じテーマであっても、日本国内の数倍〜数十倍は蓄積があることがほとんどである英語論文については、大学内のネットワークからアクセスできる。
英語論文を探す場合には、学習院大学だと、学内のネットワークにつないだ状態で学習院大学Discovery Serviceにアクセスするとよい。本文が利用可能な場合は、論文ファイルをダウンロードできる。
社会学における代表的な英文雑誌、とくに麦山の専門と近いものには以下のようなものがある。
一般誌(社会学一般、とくに定量的な研究が多いもの)
- American Sociological Review
- American Journal of Sociology
- Social Forces
- European Sociological Review
- Social Science Research
- Sociological Science
領域誌(社会階層、労働、家族、人口、教育など)
- Demography
- Journal of Marriage and Family
- Research in Social Stratification and Mobility
- Work, Employment and Society
- Work and Occupations
- Sociology of Education
- Population and Development Review
レビュー雑誌
最近では、かなり質の高い翻訳をしてくれるサービス(e.g. DeepLや、それを活用して英語論文をレイアウトを保ったまま日本語訳してくれる便利なウェブページ(e.g. Readable)、あるいはウェブページ上で(pdf形式ではなく)本文を読める場合にはGoogle翻訳するといったように、英語を楽に読むためのさまざまな手段がある。英語だからといって最初から読まないよりは、たとえ機械翻訳であったとしても読むほうがいいに決まっているので、積極的にチャレンジしてみるとよい。
1.4.2 書籍
1.4.2.1 学術書
研究者が一人で、または複数人で、自身の研究成果を記した書籍を学術書という。学術書は、先行研究になりうる。学術書は、次のような特徴を持つ。
- 末尾に参考文献表や索引が記載されており、少なくない参考文献が記載されている(最重要!)
- 大学図書館や学内の書店の書棚に置かれている
- 学術出版社(◯◯大学出版会、など)から出版されている
- ハードカバー(硬い表紙)のことが多い。ほとんどはA5またはB6サイズ
- 先に述べたような査読付き論文で引用されている
先行研究となる学術書を見分けるためには多少の経験が必要だが、以上のような条件を満たしていれば、おおむね学術書籍といえるだろう。
一人の著者がその書籍のすべてを執筆している場合を、単著(本)という。たとえば次のような場合である:
豊永耕平,2023,『学歴獲得の不平等:親子の進路選択と社会階層』勁草書房.
岩間暁子,2008,『女性の就業と家族のゆくえ:格差社会のなかの変容』東京大学出版会.
Putnam, Robert D. 2015. Our Kids: The American Dream in Crisis. Simon & Schuster. (柴内康文訳,2017,『われらの子ども:米国における機会格差の拡大』創元社.)
Goldin, Claudia. 2021. Career and Family: Women’s Century-Long Journey toward Equity. Princeton University Press.(鹿田昌美訳,2023,『なぜ男女の賃金に格差があるのか:女性の生き方の経済学』慶應義塾出版会.)
これに対して、複数の著者が集まって、それぞれ別々の章を分担して執筆して、一つの書籍としている場合を、編著という。編著の場合は、その編著全体を引用するというよりは、個別の章を引用することが多い。たとえば次のような場合である:
石田浩,2021,「世代間階層移動と教育の趨勢」中村高康・三輪哲・石田浩編『シリーズ少子高齢社会の階層構造1 人生初期の階層構造』東京大学出版会,xx–xx.
1.4.2.2 新書
岩波新書、中公新書、ちくま新書、など、小さいサイズで一つのテーマについて扱った書籍である。新書には、研究者が自身の研究成果を一般向けにわかりやすく書いたものと、研究者ではない一般の著作家が一般向けに書いたものの両方が含まれる。見た目の特徴として次のようなことが上げられる。
- 文庫本よりも縦長
- 高くても1000円程度
- 一般の書店にも売られている
- 「◯◯新書」と書かれている
新書は一般的には学術的な先行研究とはみなされない。ただし、少数だが多くの先行研究にもとづいて、ほとんど学術的な成果として書かれているものがあり、そのような場合は先行研究として扱うことがある。これも見分けるのには多少の経験が必要だが、先に学術書のところで述べたような基準を使うことができる(たとえば、末尾に参考文献の一覧表が挙げられているかどうか)。
新書の例
松岡亮二,2019,『教育格差:階層・地域・学歴』ちくま新書.
三谷はるよ,2023,『ACEサバイバー:子ども期の逆境に苦しむ人々』ちくま新書.
牧野百恵,2023,『ジェンダー格差:実証経済学は何を語るか』中公新書.
メアリー・C・ブリントン,池村千秋訳,2022,『縛られる日本人:人口減少をもたらす 「規範」を打ち破れるか』中公新書.
1.4.2.3 教科書
分野で明らかになっている事実や、分析の方法などについて紹介・解説しているものを教科書という。教科書は一般的には先行研究にはならないが、専門書や論文を探す用途で使うことができる。また、方法に関する教科書の場合は、自分の論文で使う統計分析の方法の解説を紹介したりする際に参考文献として引用することが多い。
分野に関する教科書の例
平沢和司,2021,『格差の社会学入門:学歴と階層から考える[第2版]』北海道大学出版会.
数理社会学会監修,筒井淳也・神林博史・長松奈美江・渡邉大輔・藤原翔編,2015,『計量社会学入門:社会をデータで読む』世界思想社.
方法に関する教科書の例
浅野正彦・矢内勇生,2018,『Rによる計量政治学』オーム社.
Llaudet, Elene and Kosuke Imai. 2022. Data Analysis for Social Science: A Friendly and Practical Introduction. Princeton University Press.
1.4.3 報告書
たとえば公的機関(官公庁など)が調査結果や統計情報などをまとめて発行しているものを報告書という。とくに、中央省庁の刊行物のなかでも出版が法律で義務付けられている、政治社会経済の実態を知らせることを目的としたものを「白書」という。これらは先行研究にはならないが、議論の導入として公的な統計情報を参照したり、レポートのテーマを探したりするときに使える。
厚生労働省,2023,「令和5年版 労働経済の分析」https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/roudou/23/23-1.html
内閣府男女共同参画局,2021,「男女共同参画白書 令和3年版」https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r03/zentai/index.html(2024年5月12日閲覧.)
1.4.4 研究の流れをつかむ
ある程度論文を集めたら、次はその論文で参考文献として引用されている論文、もしくはその論文を参考文献として引用している論文(被引用論文、という)を読んでいくことをおすすめする。ある論文が参考にしている論文は当然重要な論文である可能性が高い。また読んだ論文にその後インパクトがあったのであれば、別の論文にも引用されているはずである。被引用論文は論文それ自体にはもちろん書いていないが、Google Scholarで探すことができる。
このように、ある論文の参考文献と被引用論文を示した一例が次の図である。この図はConnected papersというページで作ることができる。図の真ん中にあるTorche, 2011は、それ以前の多くの先行研究を引用している(主に左側に配置)。そしてその後多くの研究がTorche, 2011を引用していることがわかる(主に右側に配置)。このように、ある研究から影響のある論文へとたどっていくことで、研究の流れが見えるようになってくる。このような研究の流れのなかに自分の研究を位置づけることができたならば、その研究のインパクトはますます大きくなる。
分野がある程度発展している場合には、レビュー論文といって、当該領域に関する論文をまとめて、何がわかっていて何がわかってないのかを示した論文がある場合がある8。こうしたレビュー論文は、先行研究を探したりテーマを絞り込んだりするのに役に立つ。
Mills, C. Wright. 1959. The Sociological Imagination. Oxford University Press.↩︎
日本の社会調査データを合併して分析している例としてたとえば Mugiyama, Ryota & Kohei Toyonaga. 2022. “Role of Cohort Size in Trends in Class and Occupational Returns to Education at First Job: The Case of Japan.” European Sociological Review. 38(2): 269–285.、打越文弥,2016,「学歴同類婚の世代間連鎖とその趨勢:大規模調査データの統合による計量分析」『家族社会学研究』28(2): 136–147.など。↩︎
大学院生の場合は教育目的利用不可のデータであっても、研究目的でデータの利用申請を行うことができる。ただし、利用申請を行う前に必ず指導教員の了解を得ること。↩︎
パネル調査では、同じ個人を複数回にわたって繰り返し調査する。これによって、同じ個人がどのように変化していくのかを追跡して、個人の変化に関する分析(たとえば、結婚の前後でどのように仕事が変わるのか、収入がどのように変化していくのか、など)を行うことができる。↩︎
Schilt, Kristen, and Matthew Wiswall. 2008. “Before and After:Gender Transitions, Human Capital, and Workplace Experiences.” The B.E.Journal of Economic Analysis & Policy 8(1).↩︎
ただし日本の学術雑誌の場合はいろいろな事情から査読付きの投稿論文ではなく特集論文や書評などがかなりの紙幅を占めていることが多い。↩︎
レビュー論文のみを掲載している雑誌である。噂によるとこの雑誌を購読している大学は日本だとかなり少ないようである。おそらく本学も購読していない。。↩︎
たとえば日本語のレビュー論文の典型的な例としては以下のような論文がある: 平沢和司・古田和久・藤原翔,2013,「社会階層と教育研究の動向と課題:高学歴化社会における格差の構造」『教育社会学研究』93: 151–91. 後述するように、Annual Review of Sociologyというレビュー論文だけを掲載した学術雑誌もある。↩︎